美味礼賛といえばブリア・サヴァランですね。
が、こちらの本は違います。
お嬢さんや奥様方のお料理学校しかなかった日本で、調理師の専門学校を作り、
『本物のフレンチ』を日本に持ち込んだ男の、伝記小説です。
彼の名は辻静雄。
辻調理師専門学校の経営者です。
辻静雄は、もともと料理人だったわけではなく、新聞記者であった。
それが料理学校の校長の娘と結婚することで、人生が変わり始める。
料理人でもない彼が、何故調理師の専門学校を作り、その経営者となったかは、
是非本を読んでみてください。
特筆すべきは、調理人でない彼が、どうやって生徒に味を教えるかというくだりです。
それまで日本には、日本にある食材で簡単にアレンジされた、いわば偽物のフレンチしか存在しなかったのです。
なんとしても本場のフレンチを日本に持ち込みたい、さりとて自分では作れない・・・。
そこで彼がとった行動は、
「本場で、本物の味を食べて食べて食べまくる」
本物の味を知っていれば、生徒が作った味に何が多すぎ何が足りず、何が必要かがわかるようになるというのです。
いや~、びっくりしました。
そういった方法で『味』を教えるとは思いも付きませんでした。
さらに本気で食べる辻静雄の姿勢に打たれ、ニューヨークの食味評論家やフランスのフレンチ料理人たちも、協力するようになり・・・と、物語(人生)が進みます。
そして、食べることが大好きな人なら、店名やメニュー、登場人物を見ただけでも膝を乗り出してしまうでしょう。
ピラミッドにトロワグロ、ポール・ボキューズ、フォワグラのブリオシュ詰め、ブロンのカキ、フォンド・ヴォーの取り方やソースロションの作り方・・・。
小野正吉のエピソードには、拍手喝采を送りたくなるはず。
また、海老沢泰久の文章が巧いのです。
読み進みやすい文章と、巧みな構成力。取り上げる専門用語の匙加減が良いです。難しすぎず、読んでいる者の喉がグビリとなるような書き方をしています。
久々に一気読みをしました。
辻静雄自身が書いた本も読みたくなること請け合いです。
夜にゆっくり読みたい本・・・でも読んだら絶対にフレンチが食べたくなります。
狂おしいです。
美味礼賛
著者 海老沢泰久
出版社 文芸春秋
文春文庫 667円+税